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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)700号 判決

原告 山内幸雄

被告 住吉税務署長 ほか二名

訴訟代理人 上原洋允 宗宮英俊 秋本靖 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判〈省略〉

第二当事者の主張

一  請求原因〈省略〉

二  請求原因に対する被告らの答弁〈省略〉

三  被告署長の主張

1  〈省略〉

2  所得金額

原告の本件各係争年分の所得金額およびその内訳は、別表一、二の各A欄記載のとおりであり、そのうち売上金額、一般経費の算出方法は、次のとおりである。

前項で述べたように、被告署長は、原告の各年分の所得金額を実額で把握できなかつたので、大阪国税局長が同局管内八三税務署のうち大蔵省組織規程上種別「A」とされている税務署四六署管内の洋服仕立業者について、昭和三九、四〇年分所得実額調査を行つた事例(以下、実調資料という)を収集整理して得た平均的な差益率および所得率(以下、これらの率を実調率という)を原告に適用して推計した。すなわち、右の平均値は、昭和三九年分については、別表三のとおり差益率五七・五八パーセント、所得率四六・〇六パーセントであるから原価率四二・四二パーセント、一般経費率一一・五二パーセントになり、昭和四〇年分については、別表四のとおり差益率五九・四四パーセント、所得率四六・四八パーセントであるから原価率四〇・五六パーセント、一般経費率一二・九六パーセントになる。そして、原告の売上原価(仕入金額昭和三九年分二三二万一八一二円、昭和四〇年分一九九万五九三二円)を右原価率で除して売上金額を算出すると、昭和三九年分五四七万三三八八円、昭和四〇年分四九二万〇九三六円となり、右売上金額に前記一般経費率を乗じて一般経費(外注費を含む)を算出すると昭和三九年分六三万〇五三四円、昭和四〇年分六三万七七五三円となる。

3  右の推計方法は、次の点からみて合理的である。

(一) 実調資料は、青色申告者については実地調査、白色申告者については収入支出の実額調査を行い確実にその実額を把握したもので、しかも、一般的な率で推計したもの、不服申立てないし訴訟係属中のもの、年の中途で開廃業したもの、他の業種を兼業していてこれを区分計算できないもの等、特殊事情を有する納税者を除外し、その余の全部を収集したもので、納税者においてなんら異議なく正当性を承認しているものである。

(二) 実調資料は、大阪、京都、神戸市内、その近効および県庁所在地を管轄するいわゆるA級税務署から収集したもので、個人業者のみを対象としている。従つて、ここから収集された資料は、原告の営業地と同様、都会地の業者を対象とするもので、その対象とされた地域性の観点からも、また事業形態において多様性をもつ法人企業を除いた個人経営者である点からいつても、資料収集対象の選定はきわめて合理性がある。

四  被告署長の主張に対する認否および反論

1  〈省略〉

2  被告署長が主張する推計の必要性および合理性を争う。

(一) 本件実調資料は、昭和四四年一月一日現在の調査によるものであり、本件処分は、昭和四一年一一月一七日になされたものであるから、本件処分には実調資料を用いていない。従つて、実調資料は、被告署長の事後調査による違法なものであり、本件処分を正当化するために作為的に作成された疑いが濃厚である。

(二) 大阪国税局管内には多数の洋服仕立業者が存在するのに、実調資料の数は、昭和三九年が二八例、昭和四〇年が三八例で極めて僅少であるばかりか、原告が営業する住吉区の例が全くない。

(三) 洋服仕立業者の場合、その収入金額の多募は、従業員の仕事の能力によつて左右され、従業員を多数雇つている場合と専ら外注先に頼つている場合とでは収入金額に大きな差異を生ずるはずであるが、被告署長主張の推計方法では、この点を全く考慮していない。

(四) 従つて、本件推計方法は、差異の原因となつている営業内容、立地条件、信用等の所得に影響を及ぼす諸条件について、その類似性を考慮していないから、全く合理性がない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件処分の適否について

1  まず、本件処分の手続上の瑕疵について検討する。

(一)  本件処分の各通知書に本件処分の理由の記載がないことは当事者間に争いのないところである。しかしながら原告が昭和三九年分の所得税の申告をせず、また昭和四〇年分の所得税の確定申告を白色申告書によつてしたことも当事者間に争いがない。従つて、青色申告書による所得税の申告に対する更正の場合とは異なり、被告署長は本件処分の各通知書に決定ないし更正の理由を附記する必要はないから、その記載のないことをもつて本件処分を違法とすることはできない。

(二)  また調査方法が違法、不当であるとの点および被告署長が商工会の組織の弱体化を企図して差別的に本件処分をしたとの点については、本件全証拠によつても、これを窺うことができない。

2  所得金額について

(一)  〈証拠省略〉によれば、原告は昭和三九、四〇年当時その営業に関する帳簿類を備え付けておらず、原始記録も保存していなかつたこと、本件処分前に被告署長の税務職員が原告方を訪問して帳簿類の呈示を求めたのに対し原告はこれを呈示しなかつたため、本件各係争年における原告の所得を実額で把握することができなかつたことが認められ、従つて被告署長においては原告の所得を推計によつて算定する必要があつたものといわなければならない。

(二)  推計の合理性

被告署長の主張する推計方法は、売上原価を実調資料によつて得られた同業者の平均原価率で除して売上金額を算出し、更に右売上金額に同じく実調資料によつて得られた同業者の平均一般経費率を乗ずることによつて一般経費を算出するというものである。

〈証拠省略〉によれば、右実調資料は被告署長主張のような方法で大阪国税局管内A級税務署四六署から収集され整理されたものであつて、その結果は別表三、四に示すとおりであること、右実調資料は被告署長主張の条件に合致するものをすべて収集したものであり、資料の選定、取捨選択に何らの恣意の入つていないものであり、またすべてが実額調査(青色申告者については実地調査、白色申告者については収支実額調査)に基づくものであることが認められる。

以上の事実によると、右実調資料は実額調査に基づく正確性の高いものであり、かつ資料収集の方法に鑑みて、多数の洋服仕立業者の地域、営業規模の多様性等の個別的特性は包摂され、平均化されているとみることができ、収入金額と差益金額および収入金額と所得金額との間におおむね平行関係が認められるから、右実調資料によつて得られた結果(実調率)を適用して原告の所得を推計することは、特段の事情のないかぎり、合理性を有するものということができる。

なお、原告は、右実調資料は本件処分後に収集された違法なものであるから、原告の所得認定の資料とすることは許されないと主張する。なるほど〈証拠省略〉によれば、右実調資料は税務訴訟に使用する目的で昭和四三年一月ないし二月に収集されたものであることが認められるから、本件処分後に収集されたことは明らかであるが、しかし課税処分取消訴訟における所得立証のための資料を収集することを違法とすべき理由はなく、これを所得認定の資料とすることが許されないとするいわれもない。

ところで原告は右実調資料の収集件数が少いこと、住吉区の事例が一つもないこと、従つて同区の事情が全く考慮されていないことから、右実調率による推計方法は不合理である旨主張する。しかしながら、既に認定したとおり、実調資料は、大阪国税局長において、推計の基礎たりうるための条件を設定し、右条件を満たすもの総てを収集したものであり、かつ二八例(昭和三九年)ないし三八例(昭和四〇年)という数は洋服仕立業者の平均的な所得を算出するための資料として過少なものとはいえないから、この点の原告の主張は当を得ない。また住吉区の例が一例もないことは、〈証拠省略〉によれば同区を管轄する住吉税務署(A級税務署)管内には大阪国税局長が設定した前記条件を満たすものがなかつたからであることが認められ、住吉税務署は他のA級税務署と同様都会地を管轄する税務署であるから、住吉区の都会地としての一般的事情は実調資料によつて十分反映されうるものということができる。そしてほかに住吉区に他と異なる特殊事情があることを認めうる証拠はない。

また原告は、本件推計方法では、従業員の数、外注の有無を考慮していない旨主張する。しかし、従業員の数、外注の有無が差益率に大きな影響を及ぼすものであるとの点は、本件全証拠によつても、これを認めることができない。従つて、右の点を考慮しなかつたとしても、本件推計方法が不合理であることにはならない。

(三)  売上原価について

本件各係争年の売上原価については、株式会社清川屋商店(以下、清川屋商店という)の分を除き当事者間に争いがない。

そこで、原告と清川屋商店との取引の有無について判断する。〈証拠省略〉によれば、原告の本件審査請求に際し大阪国税局において原告と清川屋商店の取引の明細を記載した書類(〈証拠省略〉)が作成されたが、これは単に原処分庁の調査メモに基づいて作成されたもので、大阪国税局において直接調査し確認したうえで作成されたものでないことが認められ、原告本人尋問の結果とも対比すると、右〈証拠省略〉中清川屋商店に関する部分は直ちに信用できないし、ほかに被告署長主張の清川屋商店からの仕入れを認めるに足りる証拠はない。

従つて、売上原価は、昭和三九年が二二九万九三六六円、昭和四〇年が一九三万九〇七一円である。

(四)  売上金額について

前項で認定した売上原価を別表三、四のとおり認められる原価率(昭和三九年分〇・四二四二、昭和四〇年分〇・四〇五六)で除すと、売上金額は昭和三九年分五四二万〇四七六円、昭和四〇年分四七八万〇七四七円になる。

原告は、昭和三九年には単価二万二〇〇〇円の洋服を二三九着仕立てて五二五万八〇〇〇円の昭和四〇年には単価二万二〇〇〇円の洋服を二一四着仕立てて四七〇万八〇〇〇円の売上げがあつたことを自認しており、〈証拠省略〉によれば原告の仕立てた洋服の売上単価平均は当時二万三〇〇〇円であつたことが認められるから、原告の自認する売上数をこれに乗ずると昭和三九年の売上金額は五四九万七〇〇〇円、昭和四〇年の売上金額は四九二万二〇〇〇円となり、この額は前記推計による額にほぼ等しく、前記推計が合理的であることを示している。

(五)  特別経費(人件費、家賃)の額については、当事者間に争いがない。

(六)  売上原価、人件費、家賃以外の経費について

売上原価、人件費、家賃以外の経費について、原告は、本件各係争年とも一般経費四四万二四〇〇円のほかに別表五記載のとおりの外注費がある旨主張し、被告署長は、外注費を含む一般経費は売上金額に別表三、四の経費率を乗じた額であると主張する。そこで、外注費について判断する。

(1) 〈証拠省略〉によれば、中村修造は、昭和三九年二月から同年一二月まで大阪市南区南阪町一五五番地株式会社テーラーナカイ方に住込みで働いていたこと、その後は、同市住吉区東加賀屋町に移るまで米沢洋服店等に職人として勤めていたこと、中村修造が、原告と取引を始めたのは、右東加賀屋町に移つて独立してからであること、中村修造が右東加賀屋町に移つたのは、昭和四一年九月二五日であること、以上の事実が認められ、右事実によれば原告は昭和三九、四〇年中には中村修造に仕立を外注していないものと推認される。右認定に反する証人中村修造の証言および原告本人尋問の結果の各一部は信用できないし、ほかに原告が本件各係争年に中村修造に外注し外注費を支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

そうするとその余の外注費が原告主張のとおりと仮定しても、その額は、昭和三九年が一〇八万四九〇〇円、昭和四〇年が七六万一五〇〇円にすぎないことになる。

(2) 右の点は、次の事情からも裏付けることができる。

すなわち、注文洋服仕立業者は、自店の作業能力を上回る受注量がある場合にのみ下請業者に発注するとみるのが合理的であつて、自店での製作可能量を削減してまで下請業者に発注するとは通常考えられない。

〈証拠省略〉によれば、原告は本件各係争年当時使用人一名を雇傭して妻と合計三名で事業に従事していたこと、原告も縫製作業に従事していたが、外交等のため全日従事できたわけではないこと、原告は昭和三九年四月から五月にかけて病気で作業に従事できなかつたこと、紳士服一着を仕立てあげるに要する日数は上着二日、ズボン一日その他を含めて合計四日であること、原告の紳士服の販売単価は二万三〇〇〇円であり、外注単価は上着四五〇〇円、ズボン一五〇〇円合計六〇〇〇円であつたことが認められる。

右認定によると、原告店で三名が作業しうる年間の延日数は、休日を考慮しても、昭和三九年が三〇〇日以上、昭和四〇年が三五〇日以上であると推認できる。そうすると、原告店における洋服の年間仕立可能着数は、昭和三九年七五着以上、昭和四〇年八七・五着以上となる。また原告店において本件各係争年中に製作された洋服が右年中に販売されたとすれば、原告店における年間販売着数は、(四)で認定した売上金額と右販売単価から、昭和三九年二三六着、昭和四〇年二〇八着と算定できる。そうすると、右年間販売着数と年間仕立可能着数との差、即ち昭和三九年一六一着以下、昭和四〇年一二〇・五着以下が、原告店における製作能力を越える受注であつて、これが外注されたことになる。この外注量に単価六〇〇〇円を乗じて外注費の額を算出すると、昭和三九年九六万六〇〇〇円以下、昭和四〇年七二万三〇〇〇円以下となる。そして、右各金額は、右(1)において認定した額を下回つている。

(七)  以上の次第で、外注費を除く一般経費の額を原告主張のとおり各係争年とも四四万二四〇〇円として、原告の所得金額を計算すると、別表一、二の各C欄記載のとおり昭和三九年が一一二万四六一〇円以上、昭和四〇年が一一六万八五七六円以上になり、右各金額は、本件処分(本件裁決によつて一部取り消された後のものをいう。以下同じ)の一一〇万七五八七円(昭和三九年)、一〇四万〇三四〇円(昭和四〇年)を上回つているから、被告署長の本件処分には所得を過大に認定した違法はない。

三  本件裁決の適否について

本件裁決の瑕疵について、原告は何ら指摘しないので、被告局長に対する裁決取消しの請求は失当として棄却するほかはない。

四  被告国の賠償責任について

原告が昭和四二年三月八日被告局長に審査請求をし、同被告が昭和四三年四月一六日原処分の一部を取り消す裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、行政不服審査法一条一項は、行政不服審査制度が迅速な手続により国民の権利利益の救済を図ることを目的とするものであることを明らかにしているが、審査請求の日から裁決まで一年一か月余を要したというだけで、直ちに被告局長の所為が同条に違反し、違法であると即断することはできない。また被告局長がことさら裁決を遅らせたと認めるべき証拠はない。従つて原告の被告国に対する請求も失当である。

五  結論

以上の事実によれば、原告の被告らに対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 井関正裕 春日通良)

別表〈省略〉

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